Unsur-Unsur Kekristenan dalam Anime Hagane Renkinjutsushi (Fullmetal Alchemist)

Nangoi, Jessica Priscilla (1042001) (2014) Unsur-Unsur Kekristenan dalam Anime Hagane Renkinjutsushi (Fullmetal Alchemist). Other thesis, Universitas Kristen Maranatha.

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Abstract

序論 この研究はアニメ「鋼の錬金術師」にある記号のキリスト教的解釈 と考察である。チャールズ・サンダース・パースの記号論を使い、分析す るによって、「鋼の錬金術師」には記号になるキャラクター、物、シーンな どでもがある。パースによると、物は解釈されれば記号になる。また、グ ラウンドがあれば、記号にもなる。 「鋼の錬金術師」と言うアニメには様々なキリスト教的共通 きょうつう 項 こう が 存在する。この研究では「鋼の錬金術師」にあることがキリスト教にある ことと関係があることを証すためである。 この研究は記述の方法と記号論の対処法 たいしょほう (theory) を使ってい る。記述方法(approach)は目的が何かを描く研究である。そして、 記号論は記号の勉強である。 本論 このアニメを分析するためにはパースの記号論を使用する。パーズ による記号は三つの 領域 りょういき がある。それは「記号」、「対象 たいしょう 」、と 「解釈内容 かいしゃくないよう 」である。何かの物が記号になるのは解釈があるからであり、 「グラウンド」というベースがなければならない。例えば、この研究では グラウンドがキリスト教である。パースは実存を分析した。それはファー ストネス(firstness)とセコンドネス(secondness) とサードネス(thirdness)である。ファーストネスというのは 他の物を表さない予知である。セコンドネスというのは現実と関係がある 実存であり、他の物を表す物である。サードネスというのは普遍的にある 法則や習慣である。 フィクションというのは誰かに作られたものである。作品は作者が 読者とともに感じている経験である。作品の中にある記号は経験がない人 にとっては理解が難しいかもしれない。映画には、その映画の中にある全 ての物が全部記号である。セリフだけでなく、背景、音楽、照明、役の動 きなども意味がある。それは映画の言語(film language) と言うことである。映画にある記号を分析するのは監督 かんとく の伝えたいことを 理解するためのである。だから、記号論は映画を分析するために使われて いる。 キリスト教はイエス・キリストを救 すく い主 ぬし と信じている宗教である。 キリスト教には三位一体の神という基本はある。神の神格には三人の人格 がいる。それは主、聖霊 せいれい 、とイエス・キリストである。旧約には人間は主 を世界を作った神と信じ、人間の上にいる神である。新約にはイエス・キ リストの旅が書いてある。イエスは人の世界で生まれ、救い主になり、人 間の間にいる神である。そして、今、神は人間の中に聖霊を置いている。 聖霊は人を 導 みちび き、人間の中に生きている神である。この三位一体と言うことが人間にとって分かりにくいのは、おそらく人が神を理解するという ことは無理であるからである。このコンセプトは神の複雑さを表している。 キリスト教の教えでは全ての人間は罪深いとされる。それは最初の 人間たち、アダムとエバ、の罪のせいである。その最初の罪はこの世界で 深く根付 ねづ き、全ての人間が生まれた時から罪人になった。罪というのは法 を破ることだけでなく、神と他の人間とのコミュニケーションがうまくい かないことである。 罪があるから、人間は神の恵みから遠くなる。旧約 きゅうやく によると、神 はイスラエル人を助ける時にもっと大きな救いがいつか起こるという約束 をした。それはイエスキリストの誕生である。神はイエスの死の時にすで に人間を救っていた。そして、これからのいつか来る最後の審判の日に再 び救うつもりである。キリスト教にはイエス・キリストの信念 しんねん だけが人間 を罪から救いことができる。 分析したことは七つある。それは錬金術、人体錬成、真理、扉、賢 者の石、ホムンクルス、約束の日である。 最初は錬金術である。鋼の錬金術師の世界では、錬金術は魔法では なく、科学である。錬金術という記号は神の恵みという対象を表している。 人間は他の創造 そうぞう より神の賢明 けんめい さを表している。神と同じ力があり、何かを 作ることができる (Thomas,2006)。そして、神の栄光 えいこう を見させるのに人間も世界を守り、他の創造を揃 そろ えている(Jaarsma,n. d.:4)。しかし、そんな恵みをもらっても人間には様々な限界があり、 錬金術でできることと同じである。しかも、「一は全、全は一」という錬 金術の基本はコリント人の第一の手紙8:6と合致している。 次に人体錬成である。人体錬成は作中において罪とされている。人 体錬成というのは人間を作ることであり、人体錬成をした錬金術師は真理 に会い、扉が開き、罰を受ける。そして、その錬金術師は体の一部分を失 う。その 現状 げんじょう と同じ、キリスト教の教えによると、人間はいいことをし ても罪人という持っている状態を消すことができない。それに、人体錬成 は善悪を知る木の果実を食べるのと同じ、知識をもらうが、罪の中に落ち る。人体錬成をすると、その人が神のところに自分を置く。 扉はエデンにある善悪を知る木と解釈される。扉は人の中にある。 錬金術が勉強できるのは扉があるからである。人間は善悪を知る木の果実 を食べるのがいけないように、扉を開けることがいけない。開くのが人体 錬成をする時だけだからである。扉を開けた錬金術師はほしい知識をもら う。だが、そのためには、費用を払わなければならない。その費用は罪を 犯したから受ける罰と同じである。 真理は神と解釈される。等価交換 とうかこうかん を守り、ルールを守らない錬金術 師に罰を与 あた える。だから、真理に会えるのは錬金術師が扉を開ける時だけである。あるいは、人体錬成をする時だけである。キリスト教の教えには 三位一体と言うコンセプトがある。神には主、イエス・キリスト、聖霊が ある。真理は主と聖霊を表している。主を表している真理はホムンクルス が得たい神の存在である。そして、聖霊を表している真理は人の中の扉の 前にいる存在である。 次は賢者の石である。賢者の石は偶像と解釈される。賢者の石は大 きな力を持っている。石を使うと、神のように等価交換も無用で、無理な 練成ができる。だから、多くの錬金術師は賢者の石を探している。偶像礼 拝というのは神以外の物を祭ることである(Buttrick,196 2:678)。賢者の石は偶像のように錬金術師がこの石を得るためには 全てをいとわない。 「鋼の錬金術師」には「ホムンクルス」という存在が二つある。一 つはキャラクターの名前である。またはそのキャラクターが作った者で、 人造人間である。キャラクターのホムンクルスはルシファーと解釈される。 最初にホムンクルスは知識を持ち、フラスコの中で生きている。ホムンク ルスはそのフラスコから出たい。このキャラクターの歴史と目的はルシフ ァーと同じである。ルシファーは聖書に書いてある四人の天使の一人であ る。ルシファーは神に立ち向かい、神に敗れた。ホムンクルスが神を引き ずり降ろしているときに言うセリフもイザヤ書に書いてあるルシファーの セリフに似ている。ホムンクルスは七人の人造人間を作った。人造人間は罪の結果を解釈される。その七人の人造人間は 17 世紀に教会が認めた七 つの大罪を基に作った。 約束の日は最後の日と解釈される。ホムンクルスは約束の日に神を 引きずり降ろすのに、世界の扉を開ける。そのためにアメストリス人の魂 をとった。最後の日の 前兆 ぜんちょう は約束の日と同じである。空が暗くなり、 人々の魂がなくなった。または、ホムンクルスをルシファーと解釈したか ら、約束の日はルシファーが神に反した日と解釈するのができる。その日 は私達が今生きている時代の前の時代の終わりである。 結論 以上のように、「鋼の錬金術師」のアニメはキリスト教と関係があ る。研究したことはコンセプト(錬金術や人体練成)、キャラクター(真理 やホムンクルスと七人の子ども達)、シーン(約束の日)、物(扉や賢者 の石)である。錬金術は神の恵みを表し、人体錬成は罪を表している。扉 は善悪を知る木と同じことである。真理は神を表し、主と聖霊を表してい る。賢者の石は偶像を表し、ホムンクルスはルシファーを表し、七人の人 造人間は罪の結果を表している。約束の日は最後の日を表している。 パースの記号論を使い、研究した七つのことにキリスト教に由来し たものであり、それらを再解釈し、置き換え話が構成 こうせい されていると見なす ことができる

Item Type: Thesis (Other)
Subjects: P Language and Literature > PI Oriental languages and literatures
Divisions: Faculty of Letters > 42 Japanese Department
Depositing User: Perpustakaan Maranatha
Date Deposited: 27 Jan 2015 07:50
Last Modified: 27 Jan 2015 07:50
URI: http://repository.maranatha.edu/id/eprint/9691

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