Analisis Setsuzokujoshi Kara dan Node dalam Kalimat Bahasa Jepang (Kajian Sintaksis dan Semantik)

Prabandhari, Ari (0942003) (2013) Analisis Setsuzokujoshi Kara dan Node dalam Kalimat Bahasa Jepang (Kajian Sintaksis dan Semantik). Undergraduate thesis, Universitas Kristen Maranatha.

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Abstract

序論 接続助詞は接続する働きをもつ助詞である。接続助詞には次のようなも のがあり、ば、と、ても、けれども、のに、が、から、ので、し、て、たら、 ながら、である。「から」と「ので」は原因と理由に使われる接続助詞で、 この接続助詞はインドネシア語では karena、 oleh karena itu、 sebab となる。 インドネシア語では意味が似ているが、実は異なる状況に使われるので、 「から」と「ので」は異なる意味がある。 Tomita Takayuki (1993 : 107) によると、「ので」は「原因•理由」を表す。 原因•理由を表す助詞には、ほか、に次の項で取り上げた「から」があるが、 「ので」と「から」の使用は一般の社会生活ではかなり「ゆれ」ている。し かし、文法的には「ので」は現在あるいは過去の事実に関して、その原因•理 由を述べる場合に使われ、「から」は話し手の意志や考えを言う場合にその 理由•根拠を述べるときに使われる」と説明されている。 同じ意味であるため、インドネシア語を母語とする学習者の日本語学習を 困難なものとしてしまう。この論文ではこの二つの接続助詞を置換することで意 味に変化が生じるのかを見ていく。 本論 ここでは、「から」と「ので」を統語論と意味論で解析する。 1.a (31) 何年もいたら体がなまっちゃうだろうから、出たときのために運 動をしておかないと。(PTT11, 2008 : 125)この文で「から」が接続助詞として用いられており、インドネシア語では' karena ' となる。「から」を「だろう」の後ろにつけることで、話し手の推測を 表す。 1.b* 何年もいたら体がなまっちゃうだろうので、出たときのために運動を ておかないと。 「1.b」の文は主観的なので、「ので」は使用ができない。 2.a (42) A: 台本以外で現場に必ず持っていくのは? B: 特にないんですけど、しいて言うなら、自分の体。 K1 これをもっていないと仕事ができないから(笑)。 K2 (JN01, 2011 : 68) K2 は単文なので、「から」は文末で使い、句を接続しないが、二つの異 なる単文の意味を接続するため、「から」はまだ接続助詞として機能してい る。この文は話し手の考えを表しますので、主観的な文である。 2.b* A: 台本以外で現場に必ず持っていくのは? B: 特にないんですけど、しいて言うなら、自分の体。 K1 これをもっていないと仕事ができないので(笑)。 K2 文の構造を見ると「ので」は使えるが、この文は非公式の状況に使い、 主観的な文なので、「ので」は使用できない。 3.a (53) 初登場なので、まずはZE:Aの魅力を簡単に教えてください。 (JN01, 2011 : 142) 「3.a」の文で「ので」が二つ句を接続して、名詞の後ろにあるので、 「なので」になる。主観的な文で話し手の願いを表すように見えるが、丁寧系なので、この文では「ので」を使う。さらに分析すれば、この文は一般の 人々(雑誌の読者)の意志を表すので、客観的な文である。 3.b* 初登場なから、まずはZE:Aの魅力を簡単に教えてください。 「3.b」の文で「から」を名詞の後ろに使うと「だから」になるので、 「から」を使わない。「から」は一般の人(雑誌の読者)の意志を表すもの ではなく、話し手の意志を表す。 4.a (60) 定番ですけど、秋、落ち葉の敷き詰められた散策路がとても美しいの で、手をつないで歩きたい。(STB, 2013 : 13) 「ので」は形容詞の後ろに使って、インドネシア語では’karena’、 ‘sebab’と なる。「定番」と自然のエレメントがあるので、この文は客観的な文なであ る。 4.b* 定番ですけど、秋、落ち葉の敷き詰められた散策路がとても美しいから、 手をつないで歩きたい。 「から」は一般の人々の意見を表さないので、主観的な文である。 結論 「から」と「ので」という接続助詞の意味を分析してみた結果、次の結 論を引き出すことができる。「から」は動詞、形容詞、ナ形容詞や名詞の後 ろに使用することができる。ナ形容詞と名詞の後ろに使えば、「だから」に なる。「から」は複文と単文で使うことができる。一般第二句は他動詞文で ある。 「ので」は動詞、形容詞、ナ形容詞や名詞の後ろに使用することができ る。ナ形容詞と名詞の後ろに使えば、「なので」になる。「ので」は複文や 丁寧文や客観的な文だけに使うことができる。一般第二句は自動詩文である。 「から」と「ので」の文の部分とインドネシア語での意味が似ているが、異 なる意味論がある。何故なら、この接続助詞は相互に交換することができな いからである。

Item Type: Thesis (Undergraduate)
Subjects: P Language and Literature > PI Oriental languages and literatures
Divisions: Faculty of Letters > 42 Japanese Department
Depositing User: Perpustakaan Maranatha
Date Deposited: 27 Jan 2015 07:17
Last Modified: 27 Jan 2015 07:17
URI: http://repository.maranatha.edu/id/eprint/9681

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